December 30, 2005

清水エスパルス 天皇杯 決勝進出

サッカーの話題に触れるのは初めてですが、嬉しいニュースが
入ってきました。

清水4戦連続完封 健太J出身日本人監督初タイトルへ サッカー天皇杯準決勝
2005年12月30日(金) 8時1分 スポーツ報知

 

来年1月1日の決勝(国立)は清水―浦和の対戦となった。準決勝2試合が行われ、清水が延長戦の末、C大阪を1―0で下し、初制覇した第81回大会以来4年ぶり4度目の決勝進出となった。

 C大阪  0 - 1  清水

▽得点者[清]チョ・ジェジン(延長前11分)

4年ぶりVへ
 試合終了の笛が鳴ると、就任1年目の清水・長谷川健太監督(40)は両手で小さくガッツポーズを作った。Jリーガー出身の日本人監督としての初タイトルに王手。決勝点は延長前半11分。DF森岡の右クロスを中央で待ち構えた185センチのFWチョ・ジェジンが、打点の高いヘッドでゴール右隅に突き刺した。

 「自分たちの力を証明する試合にしよう」試合前のミーティングでゲキをとばした。苦しい残留争いの中でつかんだ確かな手応えを形にしたい―。選手たちは20戦無敗のC大阪相手にも動じなかった。リーグ終盤から安定感を増したDFラインが、西沢、森島、古橋の3トップを天皇杯4戦連続となるシャットアウト。「攻守の切り替えも早く、体を張ってくれた」と指揮官をうならせた。

 健太エスパルスの船出は前途多難だった。開幕から6戦勝ちなしはチーム歴代ワースト。「ファーストブレーク(速攻)」を戦術に掲げたが、MF佐藤由、MF平松のけがなどで駒がそろわず、放り込みの単調な試合を繰り返した。気がつけば残留争いに巻き込まれ、J開幕時には強豪だった「サッカー王国・清水」の面影を失っていた。

 3連敗で後がなくなった10月中旬、思い切って若手の登用を決断した。夏場からレギュラーに定着したMF兵働に加え、MF枝村、DF青山の19歳新人コンビを起用。枝村の展開力と青山の高さによってボールキープ率が上がり、ピンチの回数が減った。細かいパスをつないで積極的に仕掛けることもできるようになった。31節からの3戦で勝ち点7を奪い、なんとか15位でJ1残留を決めた。

 試合後も「若い選手が本当に自信を持ってプレーしている」と満足そうに振り返った。4年ぶりの栄冠まであと1つ。「強いエスパルス復活」を目指し、6年ぶりに帰ってきた長谷川監督が、ついに頂点を視界にとらえた。(岩原 正幸)

1993年、サッカーJリーグが開幕し、私が初めて生で観戦したのが横浜三ツ沢球技場で行なわれた横浜マリノス 対 清水エスパルス戦でした。そのときはエスパルスが勝ったのですが、そのときのゲームが非常に印象に残り、それ以来エスパルスの隠れファンをやっております。
当時は現監督の長谷川健太や大榎克巳、堀池巧の清水東三羽烏、三浦泰年、今年引退した沢登正朗、シジマールなどがいて好守の
バランスが取れたいいチームでした。

昨年国立競技場で行なわれた対横浜Fマリノス戦を久しぶりに観戦しましたが、全く良いところなく破れ、エスパルスも往年の輝きはなくなったなぁ、と思っておりました。
しかし、久しぶりの快進撃で2001年以来の天皇杯優勝まであと
一勝というところまで来ました。

今のエスパルスはJリーグでも下位のチームではありますが、清水のサポーターが支える市民球団である事や、チームリーダーとして
頑張ってきた沢登選手の引退、今回の天皇杯での若手の成長など、広島カープと非常に良く似た背景を持ったところがあり、そういうところも私がエスパルスを応援している理由の一つだと思っております。
天皇杯優勝目指し、頑張れエスパルス。

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