November 08, 2006

デルタブルース メルボルンカップを制す

オーストラリアからうれしいニュースが飛び込んで来ました。

メルボルンC、デルタブルース歴史的快挙!

現地時間7日、豪・フレミントン競馬場で行われたメルボルンC(3歳上、豪G1・芝3200m、1着賞金約2億7000万円)は、岩田康誠騎手騎乗の7番人気デルタブルース(牡5、栗東・角居勝彦厩舎)が好スタートから道中は3番手につけ、直線では外から追い込む同厩の1番人気ポップロックを半頭差抑え優勝。豪州競馬最大のイベントであるこのレースで、日本馬として史上初の快挙となる勝利を果たした。勝ちタイムは3分21秒42(良)。さらに4.1/2馬身差の3着には4番人気メイビーベター Maybe Betterが入った。 勝ったデルタブルースは、父ダンスインザダーク、母ディクシースプラッシュ(その父Dixieland Band)という血統。04年の菊花賞(GI)を8番人気で制し、重賞初勝利をGIで達成。その後、04年ジャパンC(GI)で3着、05年ステイヤーズS(GII)に勝ち、今年に入ってからは京都記念(GII)5着、阪神大賞典(GII)3着、天皇賞・春(GI)10着と精彩を欠いたが、前哨戦のコーフィールドC(豪G1)では僅差(長首+短首)の3着と好走していた。通算成績21戦6勝(重賞3勝、海外2戦1勝)。 メルボルンCは豪州競馬最大級の、今回が146回目という長い歴史を誇るレース。南半球以外の馬が勝ったのは過去、93年Vintage Crop(愛)、02年Media Puzzle(愛)の2回だけで、アジア調教馬が勝ったのも初めての快挙だった。 鞍上の岩田康誠騎手は初の海外重賞勝ち。管理する角居勝彦調教師は05年アメリカンオークス(米G1、シーザリオ)、05年香港マイル(香G1、ハットトリック)に続く海外G1・3勝目となった。 日本調教馬の海外G1制覇は、今年5月のコスモバルクによるシンガポール航空国際C(星G1)以来12頭目(15勝)。南半球では初。日本馬が海外のG1でワンツーフィニッシュしたのは、02年香港のクイーンエリザベスC(エイシンプレストン、アグネスデジタル)以来2回目。 デルタブルースの父は96年の菊花賞馬ダンスインザダークで、父内国産馬の海外G1制覇は05年アメリカンオークス(米G1)のシーザリオ以来2頭目となる。ちなみに、角居調教師と生産者のノーザンファームはシーザリオと同じチーム。 [ 11月7日 18時10分 更新 ]
-------------------------------------引用ここまで-------------

オーストラリアで最も歴史と伝統を誇るレース、メルボルンカップを日本馬がワンツーフィニッシュです。
メルボルンカップはオーストラリア最大の競馬イベントでこの日は「カップデー」として学校などもお休みとなるオーストラリアの国民的行事でもあります。そのような重要なレースを日本馬が制したことは大変意義のあることだと思います。
勝ったデルタブルースは一昨年の菊花賞馬。前走のコーフィールドカップで僅差の3着と好走していて、距離の伸びるここはチャンスだと思っていました。ジャパニーズセントレジャーの勝ち馬とはいえ日本馬、しかもジョッキーも日本人ということで7番人気とそれほど人気はありませんでしたが、人気のポップロック等に比べればはるかに格上。ここは積極的な先行策で堂々と押し切りました。中段から追い込んだポップロックも良く頑張りました。
2頭を管理されている角居先生、本当におめでとうございます。
ハーツクライ、ディープインパクトと今季海外遠征で惜敗続きの日本馬でしたが、ここで意地を見せてくれました。
ディープインパクトの時のように日本のマスコミの扱いは大きくありませんが、bloodhorse等海外のメディアでは一面で大きく扱っているようです。

今回のデルタブルースの勝利で一流ステイヤーがメルボルンカップを秋の目標とするような流れが出来てくれればいいですね。エイシンプレストンやステイゴールドのように日本国内では今一歩というような競馬をしていた馬が海外でがらりと変わってGIを制すようなこともあるのですから、チャンスのある馬は今後もどんどん海外遠征をして欲しいものです。そのような積み重ねがあれば、いずれ凱旋門賞やキングジョージに手が届く日も来るのではないでしょうか。日本の競馬界にも頑張って欲しいものです。

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October 02, 2006

残念、ディープインパクト3着に終わる

凱旋門賞、ディープインパクトは惜しくも3着に終わりました。

ディープインパクト3着に終わる=競馬・凱旋門賞 (スポーツナビ)

スローペースを見越して、これまでのレースと異なりインコースを先行するレースとなったディープインパクト。
直線いったんは抜け出して見せ場は作りましたが、最後は3歳馬レイルリンクと最後方から追い込んだプライドに交わされ惜しくも3着に終わりました。やはり欧州の競馬は甘くないですね。正直、これで勝てなければあと10年は日本馬の凱旋門賞の勝利は無理かも知れませんね。ライバルのハリケーンランは4着、シロッコは最下位に終わりました。3強対決と言われた割にはディープ以外の他の2頭は見せ場も作れずじまいでした。
競馬の格言に「同厩舎の2頭出しは人気薄を狙え。」と言うのがありますが、まさにそのとおりファーブル厩舎が出走させた馬では最も人気の無かったレイルリンクが勝つ結果となりました。
秋のこの時期に3歳馬と古馬で3.5Kgの斤量差というのはこういうスローペースの瞬発力勝負になると大きく影響してくるものです。エルコンドルパサーのときもそうでしたが最後の最後で斤量差に負けたと言うところでしょうか。ただ、力は充分出し切ったと思いますし、前評判にたがわぬパフォーマンスは示す事が出来たと思います。
胸を張って日本に帰ってきて欲しいと思います。今回の遠征でご苦労された関係者、スタッフの皆様、お疲れ様でした。ファンに多くの夢を与えていただいてありがとうございました。

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September 30, 2006

いよいよ凱旋門賞です

今週末から来週初めにかけてパリ便めちゃめちゃ混んでるようです。そのくせ29日のエールフランスのパリ行き夜行便がNO OPになったりして。私の会社で扱っているお客様もいたんですがね。翌日の朝のJAL便に振り替えたようですが大変ですね。
実はうちの会社もちょっとJRAの仕事を頂いているのですが、今回は高橋理事長もパリ入りしているようです。他にも27日から昨日あたりまでJRAの職員の方も多数パリへ向かわれたようです。今週末も競馬があるのに(しかもGIですよ!!)そっちはほっぽっといてパリへ行く調教師の先生も多いとか。凱旋門賞観戦のお客様も最初は1500人くらいなんて言ってたんですが、なんと5000人近くの日本人が当日ロンシャン競馬場で観戦するとか。いやぁ、関係者もマスコミもファンも凄い盛り上がりですね。正直、私もここ数日は凱旋門賞のことで頭がいっぱいで他の事になかなか思いが至らない状況なのも確かです。

今回の凱旋門賞、ハリケーンラン、シロッコ、そしてディープインパクトの3強対決と言われています。ブックメーカーのオッズもこの3頭がほとんど差の無い人気を集めています。3強との対決を恐れたのか出走予定馬が次々と回避し、伝統ある凱旋門史上でも2番目に少ない8頭立てのレースとなりました。
無敗の3冠馬とはいえパート2国の日本の代表馬がこれだけの人気を集めるのはエルコンドルパサ―以来でしょう。初コース、休み明けなど多くの試練が待ち受けてはいますが、ディープインパクトがここまでのレースで見せてきたパフォーマンスを顧みれば、多くのファンが期待するのも無理はないと思います。
競馬弱小国から参戦し勝利をもぎ取った馬といえば伝説のリボーを思い出します。イル・ピッコロ(ちびっこ)と呼ばれ、イタリアでは敵なしだったリボーが初めて凱旋門賞を制覇したときも「所詮はイタリアの馬」という声があったそうです。ディープインパクトも決して大きな馬でなく、競馬弱小国の最強馬という点はリボーと似ています。
ディープインパクトがリボーと同じように凱旋門賞を制覇することができるのか、明日の深夜のレースが楽しみです。

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August 26, 2006

今年も恐竜博へ行ってきました

夏といえば定番の恐竜博。一昨日、幕張メッセへ行ってきました。平日だったせいか思ったより混んでなくて、じっくり見学することが出来ました。さて、今年の目玉はスーパーサウルス。
Supersaorus1
ご覧のとおり、あまりに巨大すぎて写真に入りきりません。
巨大竜脚類の展示といえば2002年のセイズモサウルスや、以前新宿(今の高島屋タイムズスクエアあたり?)で展示されたブラキオサウルスを見ておりますので、「おおーっ、デカイ」とは思いますが特にビックリということはもはやありません。大きさやディティールならば2002年のセイズモサウルスの方が上かもしれません。
ただ今回の展示はNHKが主催ということもあり、CGを多用した細かい解説映像があり、これはなかなかわかり易かったと思います。
Supersaurus2
しかし、昨今の恐竜研究の進歩にはついていけませんね。次々と新発見がなされていて、それに基づく新説が次々と発表されているようで、逆に真相はどうなのか混沌としてきているようです。
例えば前述のブラキオサウルス。以前の新宿の展示の際は昔ながらの首を高く掲げた復元となっていましたが、現在はどうもそうではなく、他のディプロドクス類と同じように首は前方に出ており、あまり高くは持ちあがらないものだったという説に変わってしまったようです。

今回の展示で最も違和感を持ったのはティラノサウルスの狩りの方法についての新説です。ティラノサウルスについてはあまり早く走ることはできなかったというのが定説となりつつあります。その場合、どのようにしてエサを取っていたかが問題となりますが、狩りをせず腐肉を食べていたという説と集団で狩りをしていたという説があることは知っていましたが、今回の展示によればティラノサウルスの子供が獲物を追い出し、待ち伏せした親が仕留めるという新説を紹介していました。新説を紹介するのはいいのですが、このような狩りの仕方をしたという具体的な証拠があがっているのでしょうか。化石などの具体的な証拠の展示も無いまま、ここまで踏み込んだ新説をCGなどを用いて紹介されてもちょっと引いてしまいます。というか、もはやこれが学会の常識なのでしょうか?。だとすれば、一般の恐竜マニアはついていくだけでも大変かも知れませんね。
最後にお土産はやっぱりこれでしょう。さすがは海洋堂です。今回は骨格フィギュアだけだったのがちょっと残念です。

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May 01, 2006

「化け物」 春の天皇賞を圧勝!

もともととんでもないと思っていた「あの馬」ですが、やはり次元が違いました。「馬」じゃなくて「化け物」です。

ディープインパクト四冠! 次は世界が相手=天皇賞・春(スポーツナビ)

私ももう15年競馬をやっていますが、春の天皇賞をこんな型破りなレースで圧勝した馬を見たことがありません。
もともとスタートがあまり良いとはいえない「あの馬」、今日も出遅れて最後方からの競馬。脚質ももともと差し馬ですし淀の3200m、こうなればスタミナを温存して直線勝負だろうと思っていました。ところが3コーナーの手前で早くも動き出します。こういう流れでは一番先に動いた馬が一番厳しい競馬を強いられます。ところが馬群の外を回りながら、あれよあれよと先頭集団に取り付き第4コーナーでは先頭にたちます。さすがにこれだけ強引な競馬をすれば末が甘くなると思ったのですが、脚色は衰えることなく2着のリンカーンに3馬身半の差をつけてゴール。
しかもこれまでのコースレコードを1秒も短縮する日本レコード勝ち。いやはや度肝を抜かれるとはこのようなレースのことを言うのでしょうか。
武豊騎手曰く、「3コーナーの手前でペースが遅くなったのでどうしようか迷ったが行かせた。今日は跳ぶのが早かった。」とのことで他の馬のことは関係なく自分の馬の力を信じて力を出し切ったということなのでしょう。
それにしてもサンデーサイレンス産駒の数ある名馬の中でも「化け物」と思わせたのはこの馬とサイレンススズカくらいなものでしょう。そのくらい今日のレースは破天荒なものでした。

今日のレース、宿敵ハーツクライはいませんでしたが、もはや国内にこの馬の敵はいないでしょう。予定では次走は英国アスコット競馬場のキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスⅡ世ステークスとのことですが、できることならハーツクライと2頭、日本最強コンビと言う触れ込みでヨーロッパのターフを席捲していただきたいものです。
いやあ楽しみですわ。

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April 05, 2006

メジロマックイーン 逝く

悲しい知らせが入ってきました。

メジロマックイーン急死 (日刊スポーツ)

私がはじめて馬券というものを買ったのが1991年4月28日、メジロマックイーンが4歳(旧5歳)で制した春の天皇賞、メジロアサマ、メジロティターン、そしてメジロマックイーンの天皇賞父子3代制覇の偉業を成し遂げたレースでした。
この年の春は桜花賞馬ハギノトップレディの仔、ダイイチルビーが安田記念を制し、皇帝シンボリルドルフの仔、トウカイテイオーが無敗で皐月賞、日本ダービーの2冠を制した年でもありました。まさに競走馬の血のドラマというものをまざまざと見せ付けられ、競馬の魅力にどっぷりはまってしまったのでありました。
この初体験が大きかったのでしょうか、血統派の競馬ファンとなってはや15年近くなりました。自分の競馬の原点にいる馬はメジロマックイーンとトウカイテイオーだと思っております。血統にはまると得てして馬券は当たらなくなるもの。実際、最近はあんまり馬券自体買わなくなりました。

そんな血統派の私ではありますが、ではマックイーンのファンだったかというと現役時代はあまり好きな馬ではありませんでした。あの当時のマックイーンは本当に強かった。あんまりにも強すぎてマックイーンを負かせる馬は何かという視点でいつも馬券を買っていたように思います。それだけにマックイーンが負けた時のレースの印象は今でも強く残っています。
雨の中、府中で観戦した秋の天皇賞(歴史に残る降着事件)、勝ち馬にあっという間に置き去りにされたジャパンカップ、ダイユウサクにインを掬われた有馬記念は未だに忘れることが出来ません。
そして、翌年のトウカイテイオーとの初対決となった春の天皇賞。あの時はマスコミも大盛り上がりでした。このときはマックイーンとトウカイテイオーからカミノクレッセへ流して馬券を取ったことを覚えています。
そして翌年の春の天皇賞、ライスシャワーとのステイヤー決戦も見ごたえがありました。あの頃はステイヤーがまだまだ幅を利かせていて見ごたえあるレースを展開しておりました。サンデーサイレンス産駒登場以前の古き良き競馬の時代でした。

現役引退後も早来の社台スタリオンへ会いに行ったこともありましたが、放牧場を歩き回る白い馬体が印象に残っております。あのマックイーンがこの世を去ったという知らせを聞き、深い喪失感を覚えています。
冥福を祈りたいと思います。 合掌

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March 05, 2006

サントリー「白州蒸留所」へ行ってきました

今日、車でサントリー「白州蒸留所」へ行ってきました。

シーズンオフの中央道は空いていて快適なドライブが楽しめます。
小淵沢インターチェンジで中央道を降りて約20分ほどでサントリー「白州蒸留所」に到着です。白州は美味しい水が採れるところでサントリーの「天然水 南アルプス」もこの白州蒸留所内の井戸から汲み上げているとのことです。
こちらの蒸留所ではウイスキーの生産を主に行なっているのですが、26万坪(東京ドーム67個分)という広大な敷地の中でウイスキーの製造、貯蔵が行なわれています。早速ウイスキー蒸留所ガイドツアーに参加。
まず麦汁をつくり、発酵させている発酵槽を見学。実家の近くにある焼酎工場と同じような甘い香りが漂う中で巨大な桶の中で泡を立てながら発酵しているもろみを見学。その後巨大な蒸留釜(ポットスチル)を見学。
さらにバスに乗り、ウイスキーの原酒を貯蔵する樽の内部を焼き、リフレッシュする作業場(リチャー場)を見学。さらにバスに乗り、原酒が眠る貯蔵庫へ。貯蔵庫に入ったとたん、ウイスキーの香りが強く漂います。あまりのアルコール臭にハンカチで鼻を抑える見学者もいました。貯蔵庫は温度管理はせず、自然のままに任せているとの事で夏場などはもっとアルコールの匂いが強くなりむせ返るほどになるとのことでした。

一旦、受付へ戻り今度は天然水工場ガイドツアーに参加。
完全に機械化された清潔な工場内で天然水がボトリングされる様子を見学しました。

見学後、試飲となり、天然水とヴィッテルとを飲み比べ。天然水のほうが軟らかく飲みやすいことがよくわかりました。その後家内はウイスキーを試飲。私と娘は「なっちゃん」を。おや、これってこの前のワイナリー見学と同じ流れかも。

悔しいので、ショップで「蒸留所限定販売 サントリー白州蒸留所シングルモルトウイスキー」を購入。
自宅に帰ってから試飲の際にもらった「天然水 南アルプス」で割って飲みました。ウイスキーの仕込み水と同じ水で割ったウイスキーはなかなかうまかったですよ。

今回のウイスキーガイドツアーは団体客がいたせいもあり、わさわさして落ち着いて説明も聞けなかったので、是非もう一度お客の少ない時期に行ってみたいと思います。 

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January 30, 2006

サントリー登美の丘ワイナリーへ行ってきました

昨日、家族でサントリー登美の丘ワイナリーへ行ってきました。
こちらの見学コース、今年から全て予約制となったとの事で、朝一番でワイナリーに電話をしてみました。

「予約っていつまでにしなくてはいけないんですか。」
「できれば前日までにお願いします。」
「ちなみに今日の予約はもう取れませんか。」
「いえ、今日でしたらまだ大丈夫です。」

ということで、最終の15時の回を予約してワイナリーへ向かいました。

ワイナリーへ到着したのは14時過ぎ。ちょうど14時からの回のお客
が貯蔵庫へ向かうところでした。
小一時間程時間がありますので、リオンセラーを覗いたり、醸造所の近くを散歩したりして時間をつぶし、ようやく15時となりました。

まずはスライドやビデオにてワイン作りについての知識をレクチャー。
面白かったのは、1本のワインを作るのにブドウが何房必要かとの
説明で、通常のワインの場合5~6房で1本のワインになるとの
ことで、思ったより少ない量でワインになるものだと思いました。
その後、貯蔵庫へ移動し、樽貯蔵庫、瓶貯蔵庫を見学しました。
貯蔵庫の中は年間を通して13℃位に保たれているとの事で、
中にはおびただしい数のワインが眠っておりました。
こういう場所はなかなか見学できませんので貴重な体験です。

見学後は各自、丘の上に移動してワインの試飲です。
醸造所や貯蔵庫は丘のふもとにありますが、ブドウ畑は丘の上の
南向きの斜面に広がっているとのことで、車で丘の上に移動します。
途中、スイッチバックがあるような急な斜面をあがりますと、丘の上
にはブドウ畑の中に、ワインショップやレストランなどがあります。
ワインショップでは出来立てのにごりワインの無料試飲が出来ます。
でも私は車の運転がありますので飲めません。車が無いと行けない
ような立地にあるので仕方ありませんが、ワイン好きのドライバーに
とっては辛いものです。
家内は3種類とも試飲しましたが、どれも甘口であまりお気に召さな
かったようです。
娘と私は「なっちゃん」の洋ナシりんご味のジュースで我慢です。
娘はさらにぶどう味のソフトクリームを買ってもらい、満足したようです。

こちらのワイナリーでは無料試飲のほかに、有料でここで作られて
いるワインの試飲が出来ます。
今日の最大の目的はここで作られている貴腐ワインの試飲です。
通常のワインは5~6房で1本のワインになるとのことでしたが、
貴腐ワイン1本を作るのに何と100~120房もの貴腐ブドウが必要
で、なおかつ貴腐ブドウ自体が気候条件に恵まれたときしか出来
ないまれなものだそうで、このワイン1本何と50,000円以上するもの
です。
それがここでは2,100円で試飲できるとのことで、これは是非試して
みたいと思っておりました。

2,100円を支払い、出てきたのは小さなリキュールグラスに入った
貴腐ワイン。恐らく50CCほどしかないと思います。
50CCで2,100円と思うと「高い」かもしれませんが、1本50,000円
だと思えばそうでもないかもしれません。
私も一口だけ味見してみました。
トロリとした感じで甘いのですが、決して甘ったるくはありません。
香りは黒砂糖と蜂蜜をあわせたような香りがします。
なるほど、これが貴腐ワインかと感激しきりです。
家内も「これは本当に美味しい、チョコレートのムースなんかに合わせると最高かも。」と感激しておりました。

ちなみにショップの方の説明ですと干しブドウ状になった貴腐ブドウからブドウの果汁を搾り出すのは大変な作業だそうで、貴腐ワインを作るのは本当に手間隙かかるものだそうです。
そう考えれば値段も納得です。(でも買えませんが)
高価な貴腐ワインを試飲できるところは他にあまりないとのことで、
貴重な体験をさせてもらいました。

今度は暖かい時期にレストランで食事でもしながらワインを楽しんで
みたいものです。(あっ、でも車で行ったんじゃダメか・・・)

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December 15, 2005

ノーザンホースパークへ行ってきました

昨日のエントリーの続きです。

登別駅から満員の特急電車に乗り、(何でこんな時期に通勤ラッシュ
並みの混み方をするのでしょうか?)南千歳駅乗換えで新千歳空港へ到着しました。

ノーザンホースパークへの無料シャトルバスは旅客ターミナル一階の
郵便局の前から出発します。
12時発のシャトルバスに乗り込んだお客は私を含めて5名。
シーズンオフですし、こんなものでしょう。
20分ほどでパークに到着です。

思ったより多くの車が駐車場に停まっています。が、やはりシーズン
オフ。人影はまばらです。
さて、今回の目玉は「名馬 ディープインパクトを知ろうツアー」への
参加です。
13時からのツアーに参加するため集合場所へ行きましたが、なんと
参加者は私一人。ガイドの方と一対一でのツアーとなりました。
まずはディープインパクト三冠達成のパネルが展示してあるブースの
前で説明を受けました。
ディープインパクトの誕生日は2002年3月25日。3月25日はなんと
サンデーサイレンスの誕生日でもあるとのこと。牧場の方々は
3月25日生まれのサンデーサイレンス産駒には特別な期待をかける
ものなのだそうです。ただ、ディープインパクトに関して言えば小柄な
馬で、牧場でもそれほど目立つ馬ではなかったとのこと。せりでも
SS産駒としてはそれほど高くない7000万円で落札されたとのこと。
しかしながらその後の活躍はご存知の通りです。

その後はホースギャラリーにて社台グループの名馬たちの栄光を
記念する品々を見ました。
それにしても今年はディープインパクトを初めとしてラインクラフト、
シーザリオとノーザンファーム生産馬がGI勝ちまくりです。
「今年はノーザンファームさんは調子がいいですね。」との問いに
「そうですね。今年は特に調子がいいです。」との答え。
JCダートを勝ったカネヒキリのパネルも展示しなくてはならないの
ですが展示するスペースがなく、展示できていないとのことでした。

その後、馬房へ移動し、引退馬との写真撮影となります。

馬房への移動中、ガイドさんから「今日の朝日杯、何が勝つと
思いますか。」との問い。
「アグネスデジタルの弟がいますね(ジャリスコライト)。あれが強いと
思います。フサイチリシャールは前走はすんなり逃げられたけど
今回はそうは行かないと思いますよ。」
と答えておきましたが、結果はフサイチリシャールの勝利。
よくよく考えればこの馬もノーザンファームの生産馬。
ガイドのお兄さん、ごめんなさい!


tokaipoint
引退した名馬の見学、まずはマイルチャンピオンシップに勝ったトウカイポイントです。結構うるさいようで首筋をなでようとすると噛み付こうとしてきます。トウカイテイオー産駒ですが現役時代からせん馬だったのもこの辺の気性のうるささにつながっているのでしょうか。

dainagaliber
次は御大ダイナガリバーです。社台ファームの生産馬としてはじめて日本ダービーに勝った馬です。他に有馬記念も制している名馬です。以前まだ現役で種牡馬をやっていた頃、静内のレックススタッドであって以来の再会です。今年で23歳になるということなのでかなりの高齢なのですが、まだまだ衰えもなく元気だとのこと。首筋などなでさせてもらいましたが、おとなしいものです。手綱を持たせてもらい記念撮影をさせてもらいましたが、ダービー馬の手綱を持たせてもらえるなんてなかなかあることではありません。ツアー参加者が私だけだったという幸運に感謝です。

hotschcret
通常は見学は2頭だけとのことなのですが、まだ見学時間があるとのことでダイナガリバーの隣の馬房にいるホットシークレットを見せてもらいました。ホットシークレットもせん馬でしたが、長い距離のレースで逃がすと実にしぶといレースをする馬でした。こういう長距離の逃げ馬がいるとレースに紛れがなくなることもあり、この馬などは本当に好きな馬でした。特にテイエムオペラオーとメイショウドトウの2強を相手に逃げまくり、あわやのところまで持ち込んだ宝塚記念はこの馬の持ち味が良く出たレースだったと思います。8歳までよく走りつづけたこの馬に「お疲れ様」の声をかけてきました。

見学はここで終了ですが、その後も馬房を見学しているとあのエアジョーダンが馬房から出てきました。
airjordan
ライスシャワーの同期でこの馬が勝った共同通信杯4歳ステークスを東京競馬場で見ていた事もあり、この馬も思い入れのある馬です。結局このときがこの馬のキャリアのハイライトで、この後クラシック候補といわれながら故障に泣き、引退し乗馬となりました。
この日もこのあと室内馬場で乗馬としてのお勤めを果たしているのを眺める事ができ、競走馬としては未完に終わってもこうして余生を過ごす事ができるエアジョーダンは幸せだなあと思いました。

気軽に馬と触れ合えるノーザンホースパーク、いいところです。特にシーズンオフの今の時期はゆっくりと馬と触れ合えます。「名馬 ディープインパクトを知ろうツアー」もお薦めです。北海道に行かれるときには是非たずねて見て下さい。

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December 14, 2005

社員旅行とライスシャワーの思い出

去る12月10日、11日と社員旅行で北海道へ行ってきました。
1泊2日で北海道に行き、登別温泉に泊まったわけですが、
1泊2日の宴会旅行、わざわざ寒い北海道まで行かんでも、と
言うのが正直な感想です。

さて、宴会旅行は型どおりの事ですので別に話題にもしませんが、
12月11日の日曜日は夕方に新千歳空港に集合するまで自由
行動。私はノーザンホースパークに行って馬を見てこようと思って
おりました。
(ノーザンホースパークでのことはまた別記事にて書きます。)

で、登別駅から札幌行きの特急列車に乗るべく登別温泉のバス
ターミナルから登別駅行きのバスに乗り、しばらく行くと「ユートピア
牧場前」というバス停がありました。車窓からは馬が放牧されている
様子が見え、どうやらサラブレッドの生産牧場のようです。
「登別温泉に程近いこんなところにも牧場があるのか。そういえば
ユートピア牧場ってどこかで聞いたことがあるぞ。」としばし考えること
数秒。ピンと来ました。ここはあのライスシャワーが生まれた牧場
なのです。

競馬ファンの方なら名前を聞いたことがあると思います。菊花賞と
春の天皇賞を2回勝ったGⅠ3勝の名馬ライスシャワー号です。
私は競馬をはじめたのがトウカイテイオーがダービーを勝った年
です。
本格的にクラシック戦線の行方を見届けた最初がライスシャワーの
世代なのです。

あの頃は競馬に夢中で今でもその世代の馬たちの名を思い出す
ことが出来ます。この世代はミホノブルボンというスーパースターが
いました。脇役にはマチカネタンホイザ、スタントマン、ノーザン
コンダクト、マヤノペトリュース、エアジョーダン、ヤマニンミラクル、
ナリタタイセイ、セキテイリュウオー、アサカリジェントなどいましたね。
そんな中でライスシャワーは3歳(現2歳)秋に骨折し春先まで
休んでいたせいもあってスプリングSで復帰後もほとんど気にもとめて
いない馬でした。
ライスシャワーの名前を鮮明に記憶したのはミホノブルボンが
逃げ切った日本ダービーでマヤノペトリュースとの壮絶な叩き合いを
制して2着になり、馬連29,580円の波乱の立て役者となってから
です。
その後、菊花賞ではミホノブルボンの3冠を阻止し、翌年の春の
天皇賞ではメジロマックイーンの3連覇を阻止し、敵役や憎まれ役の
役回りを担い続けた馬でした。

しかしこの馬のベストレースは7歳(現6歳)の春の天皇賞でしょう。
ライスシャワー以外にはGⅠホースは出走していないのに当日は
単勝4番人気。
レースが始まり、2周目の3コーナーの手前でライスシャワーが
先頭にたったとき、さすがに早仕掛けと思いました。しかし、ライス
シャワーは4コーナーでさらに差を広げ、逃げ込みを図ります。
外から猛追してきたステージチャンプをハナ差しのいでゴールイン。
まさに「肉を切らせて骨を断つ」スタミナに自信を持つライスシャワー
と的場騎手の一世一代の好騎乗だったと思います。
このレースこそ真のステイヤーが自らの底力で勝利をもぎ取った
最後の春の天皇賞だったと思います。
私は間違いなくこの時のレースこそ春の天皇賞のベストレースだった
と思います。

ライスシャワーは次の宝塚記念のレース中に骨折予後不良となり
多くのファンの涙を誘いました。
関東馬でありながら京都競馬場でGⅠ3勝。まさに「淀の伝説」と
語り継がれる馬でした。

彼の生まれ故郷を見ながら遠い日の懐かしい記憶をたどる
旅路でした。

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